2005年06月21日

〜戦犯〜

あの戦争は侵略戦争ではありません。自衛の為の戦いだったのです。

今日、見たニュースで韓国の放送局の取材を受けていた、この戦犯の孫がこんなような事を言ってました。

もう一つ、自分のおじいちゃんが裁かれた裁判についても、『あれは正統な裁判ではありません。ただ戦勝国が戦争に負けた国に罪を全て押しつけた不当な裁判です』というような趣旨のことを言っていました。

で、これはおっしゃる通り。

「東京裁判」なんていうのは、茶番も茶番。勝った国が正義の名の基に負けた国を裁いただけのリンチに過ぎません。
そもそも侵略戦争遂行の責任を問う裁判だったとすれば、何で陸軍大将で首相の東条英機が死刑になって、全軍を統括していた「大元帥」で、なおかつ、「国家元首」であった、あの人が死刑どころか裁判にも掛けられなかったのでしょうか?

自分が使い道のある人間は残して、使い道のない人間だけを「戦犯」の名を着せて見せしめで殺した…要するに、あれは裁判を名を借りた「連合国」、とくに「アメリカ」のリンチでしかなかったということです。



で、もう一つの言い分。

『あの戦争は侵略戦争ではなかった。自衛の為の戦争だった』…これも正しいでしょう。

「ABCD包囲網」…実質的にはCには他国を包囲する力も当時はなかった訳で、正確には、イギリス・アメリカ・オランダという、当時、アジアを植民地としていた欧米列強による日本排斥によって、石油などの物資調達の道を絶たれた日本がやむにやまれず、自衛の為に起こした戦争、といってもいいでしょう。
はっきり言って、欧米列強、とくにアメリカは勢力を拡大しつつあった日本を潰す為に日本が自分達相手に戦争を起こしてくれるのを待っていた、と言っても過言ではありません。

ただし、これはあくまでも「太平洋戦争」の話です。


実は日本は1941年に真珠湾攻撃で始めた「太平洋戦争」の前に、もう一つの戦争をしていました。
それが1937年からの「日中戦争」です。

この「日中戦争」で日本が戦った相手は、中国であり、この戦争で間接的、直接的に被害を受けたのが、当時、日本に併合されていた朝鮮(韓国・北朝鮮)でした。
そう、こちらは「太平洋戦争」とは全く意味が違いますし、「太平洋戦争」では被害者(開戦の理由やアメリカによる東京大空襲や原爆攻撃も含めて)だった日本も「日中戦争」では、何一つ、言い訳も出来ない侵略者に過ぎません。

朝鮮半島を侵略し、中国を侵略し「満州国」という名の植民地をつくり、ついには「盧溝橋事件」という事件をでっち上げて中国と戦争を起こし、南京大虐殺を行い…ある意味、アメリカが日本にしたことと同じことか、それ以上のことを朝鮮や中国に対して日本はした訳です。

そう、「太平洋戦争」は自衛の為の戦争だったし、日本は加害者ではなくて、言わば被害者です。
しかし、「日中戦争」は単なる侵略の為の戦争だったし、日本は被害者ではなくて、加害者であり、被害者は中国と朝鮮(韓国・北朝鮮)です。

この全く違う二つの戦争を東条英機の孫も含めて、いまの日本人がごっちゃにしていることこそが問題なのかも。

日本はアメリカやイギリス、オランダといった「太平洋戦争」で戦った国に対しては謝罪する必要もありません(ちなみに、オランダは、未だにこの戦争のことを根に持っていて、反日感情が強いようですが、そんな奴はほっておけ、です)。

でも、「日中戦争」で戦った中国、そして、それに巻き込まれた朝鮮(韓国・北朝鮮)に対しては謝罪するしかないでしょう…『戦後60年もたってるのにいつまで文句を言ってるんだ』なんて言い方を彼らにするのは非礼な上に愚かです。

自分たちが欧米、とくにアメリカにひどい目に遭わされたことを忘れて、今やそんな国の「言いなり」になっているのがアホなだけで、中国や朝鮮のように罪もないのにひどい目に遭わされたことを60年やそこらで忘れない方が普通なんですから…。


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posted by DOC(ドク) at 03:18| Comment(9) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
太平洋戦争と戦犯、まさしくDOCさんのおっしゃる通りですね。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」ですから、戦犯にされてしまい、実に覚えのない罪で処刑されてしまった方々は無念の極みだと思います。

ただ日中戦争と太平洋戦争を分けて考えろとのDOCさんのご意見ですが、ちょっと疑問を覚えます。
歴史上の出来事はあらゆることが少しづつ、中には大いに関係しあって起こったことですので、完全に切り分けて考えることは誤った解釈につながると思うのですが・・・。

ちなみに当時の朝鮮が巻き込まれたのは確かです。
何せ日本の一地方でしたから、日本が戦争状態になれば、もちろん一緒に戦争状態になります。
ただ、朝鮮が日本の一地方になった経緯は、これは謝罪に相当するかと言われれば、巨大な疑問符がつくと思います。

司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」と「翔ぶが如く」はお読みになったことはありますでしょうか?
さすが司馬氏というべきか、この二つのタイトルは当時の状況が非常に詳しく取材された結果として書かれています。
ぜひお読みになってください。
当時、なぜ日本が日韓併合になだれ込まなければいけなかったのかが分かると思います。
Posted by 紅蓮 at 2005年06月21日 23:29
紅蓮さん、コメントをどうも。

日中戦争と太平洋戦争を分けて考える、というのは、あくまでも「戦争の加害者と被害者」、「侵略か自衛か」をハッキリさせる為の方便です。
実際には、日中戦争を起こしたことで、アジアの権益を持っていた欧米列強を日本は敵に廻した、という側面もあるので、二つの戦争を全く分けて考えることは不可能かも知れません。

ちなみに、朝鮮併合に関しては、司馬遼太郎の著作も読みましたが、いかなる理由、経緯があったにせよ、民族自決権を日本が奪ったのは事実ですし、当時の朝鮮政府とは無関係に、朝鮮人という人種、民衆に対しては、やはり日本は謝罪すべきでしょう。

Posted by DOC at 2005年06月22日 01:08
謝罪ですが、していると思いますが。
新しい首相が就任するたびに中国と韓国に対して謝罪しています。
まあ日本の政治家の悪いところで「遺憾の意を表明する」という表現を使っています。
毎回もうちょっとストレートな言い方をした方がいいと思いますけれど、本人が謝罪の意思を持って言ったことならば謝罪だと考えます。
その上、韓国に対しては何億ドルもの賠償金+援助金を支払っています。
世界第二位の経済力+世界第一位の人口を誇る国である中国にも、最近まで経済援助していました。

謝罪と言う点でも賠償と言う点でも、これ以上何をすればいいんでしょう?
私には分かりません。

加害者の国であった日本人が言うのはおこがましいのかもしれませんが、過去の罪を糾弾し続けても不毛なだけですし、それに対して謝罪し続けても何の進歩もないと思うのです。
あまつさえ、謝罪が足りないと自国民に徹底した反日教育を行われた日には、こちらとしてはお手上げです。

過去の軍国主義を大いに反省した日本が、この60年間平和を維持し続け、経済的に自国が発展するとともに近隣諸国を援助しているように見えます。
インド洋の津波のときにインドに援助を申し出たら「お宅も借金で大変なのですからお気遣いなく」といたわってもらうような巨額の借金まで抱える国になってしまいましたが。

それでは不足なんでしょうか?
Posted by 紅蓮 at 2005年06月22日 09:49
紅蓮さん、再度のコメントをありがとうございます。

確かに日本は謝罪はしています。しかし、謝罪をしたすぐ直後に、歴史教科書や靖国問題など、折角の謝罪を無為にするような愚かな行為を日本は度々、行ってきました。

大切なことは、国としてきちんと終始一貫した態度を取ることです。

この点は、ナチスに戦争責任を押しつけ、ナチスを法的に許さず、糾弾し続けると当時に、謝罪をことあるごとに行ってきたドイツの例と比較すれば簡単ではないでしょうか。
(もちろん、これは外交政策上であり、本当にドイツやドイツ国民が謝罪の意を全員、持っているかどうかとは無関係ですが…)

まぁ、ドイツと違ってこれがしにくいのも、アメリカ占領軍の都合によって、戦争の罪を追うべき、若しくはスケープゴートにすべきだった天皇と天皇制(ドイツでいえばナチス、ヒットラー)を存続させてしまった、という日本の事情もありますが…。

ちなみに、援助については、円借款にしろODAにしろ、日本の援助は紐付き・キックバックありの援助ですから「日本企業が儲かる為の援助」として大して歓迎されていないのも事実かも、です。
Posted by DOC at 2005年06月22日 19:54
ああ、とうとう出てしまいました。
とりあえず歴史教科書問題から私の考えを述べさせていただきたいと思います。
DOCさんの考えと違っても、怒らないでくださいね。
あくまでも私一個人の判断ですので。

まず歴史教科書問題を簡単に言うならば、中韓の教科書が正しいから日本の教科書をこちらに合わせろ、という主張です。

歴史上、複数の国家(仮に2国としましょう)が関与した事件において、双方の認識を共通化するという行為は、まず不可能だと思います。
というのも良かれ悪しかれ双方ともに(当時のその陣営の認識として)正当と思える2つの主張があり、2つの主義があり、2つの行動があった結果として生じた衝突ですから、どちらの言い分にも2つの理があり、どちらの言い分にも2つの正義があります(まあ、これはその国内の世論が統一されていたら、の話ですが、普通はありえませんね)。
確かに第三者が客観的に見れば、起こった事件は一つかもしれません。
ですが、その背景として、二つの相対する思惑が存在するはずです。

双方の観点が相対するものである以上、その事件の観点を共有するには、どちらか一方の主張や主義を採用するしかありません。
絶対善・絶対悪などと言うものが世に存在しない以上、一方の言い分が全面的に悪いなどと言うことは、ほぼありえません。
従って、かつて衝突しあった2つの陣営の歴史的な観点を共有しようと言う行為はナンセンスであると考えるわけです。
どちらも「ある意味」正しいのですから。
事実、日韓歴史共同研究委員会は空中分解しかかっているようです。

と、ここまでは一般化してみた主張です。

中韓のいう歴史教科書問題は、私なりに調べた結果、歴史上の事実とはちょっと異なる誇張があるのではないかと最近思い始めました。
そこで歴史教科書において問題とされる記述について自分なりに調べたのです。
結論として中韓の言い分にはかなりの誇張があり、日本人としては容認できない修正になるのではないかと思ったわけです。
やってないことまでやったと認めることはできませんから。
Posted by 紅蓮 at 2005年06月23日 00:14
>紅蓮さんへ。

国家及び国民が自分達を正当化した歴史観を持つのは当然です。
中韓が作った教科書に誇張や、全ての責任を日本に押しつける面があるのは、ある意味、当然でしょう。

例えば、南京虐殺は事実にしても、中国が言う何十万人という人数は幾ら何でも大袈裟でしょう…しかし、南京虐殺がなかった、とか、朝鮮慰安婦は存在しなかった、といった歴史認識に基づいた教科書を検定で通す、つまり、国が事実上、こういった歴史認識を認定したのは、中朝から批判を浴びて当然ではありませんか?

もしドイツでユダヤ人虐殺に触れなかったり、ナチスやヒットラーの糾弾をしていない教科書を作ったらどうなるでしょうか?

それにそもそも侵略という疑いようのない過ちを起こした国が、そんな歴史認識を持って何のメリットがあるのでしょうか?

貴方のいうように、歴史的事実などは立場が違えば、どのようにも捉えられますし、それを言い争って、どちらが真実か?などというのは、領土問題と同じく全く不毛なものです。

そんなことより大切なのは、国としての「謝罪」の意味合いです。

例えば、さきのドイツでは周辺国、並びにイスラエルと共同の委員会を作り、ナチスの戦争犯罪について徹底的に糾弾する教科書を作り採用しています。

かといって、それはドイツという国や国民が、あの教科書を作った輩が言う「自虐史観」に毒されている訳ではありません。それがあの戦争、他国への侵略行為についての「謝罪」として必要なことだし、ある意味、その方が他国に対して「得策」だからです。

事実、ナチズムを正当化することは法律で禁止されていても、あの戦争は間違っていなかった、とか、他国にも原因がある、とか、ナチスのやった事全てが間違いではない、と思うドイツ人は多いし、それどころかネオナチズムが国民の間で台頭しているのも事実です。

そう、ドイツ人や日本人ひとり一人がどんな歴史認識を持とうがそれは個人の自由ですし、それは他国にどうこう言われる問題ではありません。

つまり、外国との関係に置いて大切なのは国民ひとり一人の考えや「事実」としての歴史認識ではなくて、国としての公的な歴史認識ですし、それには当然、迷惑を掛けた他国に対する「謝罪」の意味が含まれていなければなりません。

貴方のように、『もう謝罪はしているし、金も払ってる、歴史認識だって向こうのいう事は誇張があるし、事実じゃないことも多い』という事を相手に言ったとすれば、これでは全く「謝罪」にならないのではありませんか?

例えば、貴方が交通事故で相手のクルマにぶつけてしまった時に、『もう謝罪はしたし、金も払った、事故のことだって、相手は私だけが悪いみたいなことをいうけど、ウソやデタラメばっかり言ってる』と相手に言ったらどうなるでしょうか?
これで「謝罪」したことになりますか?

こんなことを言われたら、相手は怒りだすのではありませんか?…『本当に自分がクルマをぶつけた責任を感じてるのか?謝罪するつもりがあるのか?』と。

中朝が言う歴史的認識というのは「事実」の問題ではありません。あくまでも「本当に謝罪の意があるか、どうか」の問題です。

中朝に対する侵略という、謝罪せざるを得ない事実…例えば、万が一、南京虐殺が実際は全くなかったとしても、この「侵略」という大きな事実は覆りません…がある以上、日本という国は、国家として侵略を認め、それに対して謝罪し続ける必要があるし、その「謝罪」の意味合いをちゃんと持った公的な歴史認識を持ち続ける必要があるのではありませんか?

つまらないナショナリズムと外交下手のお蔭で、謝罪はしているのに、謝罪が全く謝罪になっていない…これこそが日本の問題なのではないでしょうか。
Posted by DOC at 2005年06月23日 23:58
>ああ、とうとう出てしまいました
の意味はこれです。
意見の応酬が激しくなるからなんですよね。

DOCさんが自動車事故の例を出したので、これを使って状況を表現してみます。

交通事故を起こしてしまった後で、相手にも謝罪し、慰謝料も支払い、相手も納得したようで音沙汰もプツンと途絶えました。
やれやれこれでひと段落と思っていたら、数年後。
久々に会った相手から、「君は謝罪と賠償をしたつもりになっているだろうが、こちらは納得していない。すぐに謝罪と賠償をしたまえ」と言われました。
車の運転をしていたらしていたで「君は過去に起こした事故についてまったく反省していない。反省するとともにすぐに運転することをやめたまえ」と言い続けます。

中韓と日本の現在の状況はこんな感じだと思います。
国家間の出来事を個人に当てはめたところで近似値しか出ませんが。

日本が侵略したのは事実です。
それに対して日本ができることと言えば、「二度と戦争を起こさない。加害者にならない」ということぐらいだと思います。
相手の言い分を全て飲むのが謝罪であり賠償であり反省であるとは思えません。

さらに「過去の日本の罪を忘れない」という行為は外国に言われることによって行うべきことではないと思います。
それは日本が自発的に行い続けるべきものでしょう。
そう反論しない政府がもどかしいです。

謝罪し続ける必要があるとおっしゃいますが、永遠に謝罪し続けることになりそうですよ。
韓国では1980年代の民主化以降、中国では1990年代の江沢民政権以降、極端に反日色の強い歴史教育を行い続けており、現在も続いています。
中国では市場経済導入後に起こる若者の価値観の多様化を一つのベクトルにまとめるため。
韓国では民主主義の価値観の重要性を強調するため。
しかも最悪なことにそれがスタンダードな教育になっています。
韓国では大体40歳前後以下の年代、中国では30歳前後以下の年代は、大抵の人々が「日本は極右が支配する国であり、再び侵略戦争を起こしかねない」と信じ込んでいるようですので、小泉首相が土下座したところで信じてはくれないでしょう。
去年8月のアジアカップや竹島の日制定後の韓国の状態を見て、暗澹たる気分になります。
Posted by 紅蓮 at 2005年06月24日 01:59
>紅蓮さんへ

>交通事故を起こしてしまった後で、
>相手にも謝罪し、慰謝料も支払い、
>相手も納得したようで音沙汰もプツンと
>途絶えました。
>やれやれこれでひと段落と思っていたら、
>数年後。久々に会った相手から、
>「君は謝罪と賠償をしたつもりになっているだろうが、
>こちらは納得していない。すぐに謝罪と賠償をしたまえ」と言われました。

…というのは、日本と中国・韓国の関係(北朝鮮は除きます)の例としては、全く検討違いだし、不適当です。

両国は一度たりとも日本に対して、国家としては賠償金を求めてはいません(従軍慰安婦など個人での賠償請求を除けば)。
経済援助についても、日本自身が「賠償金ではない」ということを確認した上で行ったものに過ぎません。
彼らが求めているのは「謝罪」であり、「謝罪し続けること」でしかありません。

また、「やれやれ一段落…」と思っていたのは、中国・韓国の方で、謝罪をした筈なのに「謝罪は嘘だった」と思わせるような所業や言動、靖国参拝などを突然、始めたのは日本の方です。

>日本が侵略したのは事実です。

貴方も日本が侵略したことを認めるのであれば、「謝罪」は当然ではありませんか?

>それに対して日本ができることと言えば、
>「二度と戦争を起こさない。加害者にならない」ということぐらいだと思います。

このロジックは本当によく聞きますが、噴飯ものです。

いいですか?
交通事故を起こした方が謝罪もきちんとしないで、「二度と交通事故を起こさないからいいでしょう?」などと言えますか?
過去は過去、未来がどうなろうが、過去の被害者には無関係なことですし、まして「謝罪」とは別の話です。

私が延々と言っているのは『日本がちゃんと謝罪をしていない』という一点だけです。

ちなみに、私は別に韓国や中国の味方でも何でもありませんし、5/23にも書いたように、彼らは外交上の武器として「過去の出来事」を利用しているに過ぎません。もちろん、内政上も貴方のいうように利用しています。

では、なぜ彼らがいつまでも「過去の出来事」を利用し、武器として使えるのでしょうか?
例えば、ポーランドもフランスもイスラエルでさえも「過去の出来事」をドイツとの外交上の武器としては今や使えません。
この違いはどこから来るのでしょうか?


それは、ドイツと違って、日本が「ちゃんと謝罪をしていない」という一点に尽きます。

謝罪をしたと思ったら…その謝罪を台無しにするうようなことをすぐにしてきたのが日本です。
ことあるごとに、大統領などの元首が謝罪の言葉を口にしてきたのがドイツです。
(ちなみに、そのドイツもボーランドなどの一国民からの戦争被害の賠償請求にはひどく冷淡な態度を取っていますし、賠償も無限にしている訳ではありません)。

ちなみに、日本がちゃんと謝罪をしないのには、大きな理由があります。

ご存じのように、日本の政権はほぼ戦後ずっと自民党が握ってきましたが、その自民党の大集票マシーンの一つが「遺族会」です。
彼らは戦争遂行者の遺族であり、当然、あの戦争が侵略戦争だった、という事そのものを容認しません。

その「遺族会」に対する政治家のサービスが靖国参拝であり、折りに触れての「あの戦争は侵略ではなかった」とか「南京虐殺はなかった」、「アジアの国を開放する為の戦争だった」等々の発言です。

結果的には、これらが日本という国家としては、中国や朝鮮に対して行った筈の「謝罪」を取り消す意味を持つ為に、いつまでも日本はちゃんとした「謝罪」を行えないし、中国や朝鮮は「日本は謝罪しない」という外交上の武器を手にし続けるという次第です。

単なる選挙対策、集票の為に、日本の政治家は「謝罪」を無為にしてしまい、結果的に中国・朝鮮を利することをし続けているのです。

大切なのは、相手が文句を言えないような、ちゃんとした謝罪をすること…それだけなのです。

逆にいえば、日本がちゃんとした謝罪をしないかぎり、中国や韓国は「過去の出来事」という武器を持ち続けてしまいます。

いまの中国や朝鮮に文句のひとつも言えない情けない日本をつくっているのは、戦後60年もたつのにちゃんとした「謝罪」をしない政府や政治家であり、貴方のような考えをしている人々の責任ではないでしょうか。

ちなみに、この話し合いはあまりにも不毛なので大変申し訳ありませんが…これにて終了とさせて頂きます。


Posted by DOC at 2005年06月24日 19:01
あなたと異なる意見を書かれたからと言って、そんなに怒らないでくださいよ。

確かにDOCさんと私の意見はベクトルが違うようです。
ただ、和解とは双方が歩み寄ろうとするからできることです。
すでに日本が誤解のしようのない謝罪したからと言って、事態が収拾する見込みがないところまで来ているようです。

私個人としては、真実を知りたいのです。
どこがどうこじれてこうなったのか。
謝罪は何度もしていますが、中韓の要求の中には飲めないものもあります。
なぜなら真実とは違うようだから。
首相の靖国公式参拝は止めようがどうしようが、それはその時の首相のスタンスなので、まずいと思ったなら止めればいいし、やりたいならやればいいと思います。
ただ少なくとも中韓に神道の考え方ぐらいは知っていて欲しい。

最後に、
「いまの中国や朝鮮に文句のひとつも言えない情けない日本をつくっているのは、戦後60年もたつのにちゃんとした「謝罪」をしない政府や政治家であり、貴方のような考えをしている人々の責任ではないでしょうか」
この言い方だけはして欲しくありませんでした。
議論のできそうな方だと思ったのですが。

二度とこちらに書くことはないと思いますが、ご自愛ください。
Posted by 紅蓮 at 2005年06月25日 00:07
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